最高裁判所大法廷 昭和34年(オ)781号 判決 1963年12月25日
判 決
札幌市南六条西四丁目日本住宅公団薄野住宅四〇一号
上告人(附帯被上告人)
西村一男
右訴訟代理人弁護士
庭山四郎
小林尋次
川崎市港町一二五番地
被上告人(附帯上告人)
日本コロンビア株式会社
右代表者代表取締役
瀬谷藤吉
横浜市神奈川区守屋町三丁目一二番地
被上告人(同)
日本ビクター株式会社
右代表者代表取締役
百瀬結
川崎市堀川町七二番地
被上告人(同)
東京芝浦電気株式会社
右代表者代表取締役
岩下文雄
東京都港区赤坂青山北町六丁目五七番地
被上告人(同)
日本グラモフオン株式会社
右代表者代表取締役
伊沢信賢
東京都港区芝田村町六丁目六番地白川ビルデング
被上告人(同)
日本ウエストミンスター株式会社
右代表者代表取締役
香西政一
東京都港区芝新橋五丁目六番地
被上告人(同)
日蓄工業株式会社
右代表者代表取締役
高木次郎
奈良市肘塚町一四八番地
被上告人(同)
テイチク株式会社
右代表者代表取締役
南口豊治
東京都港区芝白金今里町一〇一番地
被上告人(同)
新世界レコード株式会社
右代表者清算人
長谷川敏三
東京都荒川区尾久町六丁目四四〇番地
被上告人(同)
キングレコード株式会社
右代表者代表取締役
町尻量光
右九名訴訟代理人弁護士
松井正道
勝本正晃
右当事者間のレコード使用禁止等請求事件について、札幌高等裁判所が昭和三四年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人および附帯上告人らから、各敗訴部分につき破棄を求める旨の上告申立および附帯上告申立があつたところ、当大法廷は裁判所法一〇条一号、最高裁判所裁判事務処理規則九条三項により、附帯上告代理人城戸芳彦名義、同松井正道の附帯上告理由第一点について、次のとおり判決する。
主文
本附帯上告論旨は理由がない。
理由
論旨は、原審が本件に適用した著作権法三〇条一項八号の憲法二九条違背をいう。すなわち、昭和九年の著作権法の改正によつて新設された右三〇条一項八号は、何らの財産上の補償なくして所論録音物著作権(同法二二条ノ七)の内容たる録音物による興行権を剥奪する規定であつて、明らかに憲法二九条に違反するというのである。
しかし、憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵害してはならない」旨規定し、私有財産制の原則を採るとはいつても、その保障は、絶対無制約なものでなく、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」旨規定しているのであり、これは、一項の保障する財産権の不可侵性に対して公共の福祉の要請による制約を許容したものにほかならないことは、すでに累次の大法廷判決が判示するところであつて(昭和二九年(オ)第五四二号同三三年四月九日言渡民集一二巻五号七一七頁、同二九年(オ)第二三二号同三五年六月一五日言渡民集一四巻八号一三七六頁、同三〇年(オ)第九〇二号同三五年一二月二一日言渡民集一四巻一四号三一四〇頁、同三二年(オ)第五七七号同三六年一月二五日言渡民集一五巻一号八七頁、同三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日言渡民集一六巻七号一二六五頁参照)、著作権法三〇条は、一定の場合に限つて著作物を公益のため広く利用することを容易ならしめる目的で、同条一項各号の方法により著作物を複製することは偽作とみなさないものとした法規であり、同法二二条ノ七の録音物著作権についても、右三〇条一項八号により興行又は放送の用に供することは偽作とならないものとされているのである。
そして、右の如く著作物の利用を許容するのは一定の場合の利用に限定しており、かつ同条二項において、その利用の場合は利用者に出所明示義務を負わせて著作権者の保護をもはかつているのである。すなわち、同条は、所論一項八号の規定を含めて、著作権の性質に鑑み、著作物を広く利用させることが要請され、前記のような要件のもとにその要請に応じるため著作権の内容を規制したものであつて、憲法二九条二項にそうものであり、これに違反するものでないということができる。
右のような場合に、憲法の同条項により財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律をもつて定めるときは、同条三項の正当補償をなすべき場合に当らない。
よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 横 田 喜三郎
裁判官 河 村 又 介
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 下飯坂 潤 夫
裁判官 奥 野 健 一
裁判官 石 坂 修 一
裁判官 山 田 作之助
裁判官 横 田 正 俊
裁判官 斎 藤 朔 郎
裁判官 草 鹿 浅之介
裁判官 長 部 謹 吾
裁判官 石 田 和 外
附帯上告代理人城戸芳彦、同松井正道の上告理由
第一点 著作権法第三十条第一項第八号は憲法第二十九条(私有財産の保障)に違反する。
一、原判決は著作権法の右法条を以て日本国憲法に適合するとの前提の下に、附帯被上告人西村の本件有線放送に対して右法条を適用(「興行」に該当すると判断)した。
二、而して著作権法第三十条は著作権の権能として本来は包含されるもののうち、或る種の方法による利用については、その権能の行使を一定の条件の下に例外的に制限したものであるが、昭和九年改正法により新設された同条第一項第八号は何等の財産上の補償なくして、録音物による興行権及び放送権を剥奪する規定であつて、明らかに憲法第二十九条に違反する条項であると信ずる。蓋し、著作物につき著作権を有する者が、これを放送乃至興行の方法による排他的利用権を有すべきことは、著作権を財産権として保護する著作権法全体の精神からの当然の帰結であるから、かかる財産権たる放送権・興行権を無償で一挙に奪い去る如き法律の規定は、正に基本的人権を侵害すべきことの明らかな違憲の法規であると云わざるを得ない。
放送・興行に著作物を利用することの自由は、放送・興行等の企業が著作物を自由に利用し得ることを意味するのであつて、これらの企業の利益が、「一般公共の利益」の名を潜称して、著作者の経済的利益を無視し、営利目的に著作物を自由に利用させる結論を導くことは甚だしく不当であり、これを正当化すべき何等の合理的根拠も存しない。
公共の福祉のために、財産権を収用する場合でさえ、正当の補償を必要とするのが憲法上の大原則であるのに、他人の創造の成果たる著作物を利用して経済的利潤の追求を図ることを目的とする興行事業者・放送事業者(NHKの如き公共企業体は論外である。)の利益のために、著作者の財産的利用権能が全く無償で剥奪されることが、基本的人権の擁護を使命とする日本国憲法の許容するところであるとは到底解せられないのである。
第二点 仮りに著作権法第三十条第一項第八号が違憲でないとしても、同条にいわゆる「興行」に「有線放送」を含むものと解釈することは、判決に影響を及ぼすべき重要な法律違背である。
蓋し、同法第三十条は、前記第一点に述べた如く、本来、著作権に句含される権能の行使を例外的に制限したものであつて、かかる権利の制限はこれを厳格に解すべく、みだりに拡張解釈を許すべきものではない。即ち、「放送」と「興行」とが別個の概念として法定されているところからみても明らかなように、前者は無線通信の方法により電波を発射すること(発射された電波を受信して視聴する段階に先立つ過程である。)であり、後者は、不特定又は多数人の面前で催物などを視せ又は聴取させ或は視聴させることであるから、本件にいわゆる「有線放送」が右の何れにも該当しないことは明らかである。何故なら、右「有線放送」とは、附帯被上告人西村が、その加盟店に対し、有線通信の方法により、電気的信号を以て、レコード音楽を送信するに止まるのであつて、右送信の結果受信して、不特定又は多数人をして之を聴取させる所為(これが即ち「興行」である。)は右加盟店が行うものであることは原判決が適法に確定した事実によつて明らかである。
第三点 著作権法第三十条第二項の定める「出所明示」を欠く以上は、同条第一項各号(殊に第八号)に定める著作物利用行為は、準物権的権利たる著作権侵害を構成し、著作権者は右利用行為につき、単に出来明示請求権を有するに止まらず、当該利用行為そのものの(差止)請求権を有するものと解すべきである。
然るに原審は、右の場合、著作権者は単に出所明示請求権を有するにすぎず、当該利用行為(例えば「興行」)そのものの禁止を求め得ないと解したものの如く、附帯上告人等の著作権侵害となるべき附帯上告人の有線放送が今後反復される虞あることを肯定しながら、右有線放送そのものの禁止を求める附帯上告人等の請求を敢えて排斥し、単に、出所明示を命じたに止まつたことは原判決主文に影響を及ぼすべき重大な法律違背があると云わなければならない。
第四点 原判決は、附帯上告人等の著作権侵害行為(有線放送)が附帯被上告人西村により今後反復される虞あることを肯定しながら、右有線放送自体の禁止を求める請求を容れず、単に出所明示を命ずれば十分であるとしたが、その理由として、附帯被上告人には出所明示をなす意思が全くないとは認められないことを挙示している。
しかしながら、右の「出所明示をなす意思」が存在し得るということは、果して如何なることを意味するのであろうか。若し、「出所明示をなす意思」の存在することが肯認されるのであれば、著作権侵害の今後反復される虞は無きに帰すべく、かくては、侵害反復の虞の有無につき前後相矛盾した判断をなしたものと云わざるを得ない。又、「出所明示をなす意思」の存在することは未だ不明であるという意味であるとするならば、侵害反復の虞ありとした最初の判断は、なお之を維持する趣旨であるのか、或はこの判断を変更した趣旨であろうか。仮りに前者であるとすれば、侵害反復の虞ありとしながら、有線放送自体の禁止請求を排斥した点において前記第三点に掲記の法律違背であると云うべく、又、後者(即ち侵害反復の虞ありとの最初の判断を変更した趣旨である場合)とすれば、侵害反復の虞の有無につき、やはり前後相矛盾した判断をなしたものと云う外なく、いづれにしても、原判決には理由齟齬の違法ありとの非難を免れないものである。 以 上